先輩

僕が同じ部活の先輩を好きになったのは日が沈むのが早くなりまだ18時なのに真っ暗になった日のことだ。僕の心の中に好きという感情が芽生えたのは生まれて2回目のことだった。顔はわりとどこにでもいるような感じだ。目が特別に大きいとか顔のバランスが整っているとかそういうのではない。何故だからわからないがとても惹かれた。先輩と話すのはとても楽しかった。先輩はいかにも女子高生という感じで少ない語彙力を甲子園球場の浜風のような勢いで誤魔化して話をしてくる。僕のなんてことのないNPCのような返しをしても口を開け目を細めて笑った。先輩といると、とても居心地が良かった。時々、僕と先輩は一緒に帰った。学校から僕の家と先輩の家の別れ道までの約15分間、一緒に自転車を漕いだ。先輩は暇になるとすぐに口笛を吹く。何の曲を吹いているのかは妹の部屋から漏れてきたジャスティンビーバーを聞くまでわからなかった。先輩の口笛の音を聞きながら進む帰り道は朝も通ったはずなのに新鮮な感じがした。


僕が先輩のことを先輩と呼ぶように先輩はひとつ年上なのだ。なので部活の引退も僕よりも1年早く引退をする。
6月に大会があった。クライミング部の僕たちの競技は「リードクライミング」というものだ。高さ15mの壁をどれだけ高く登れるかを競う競技だ。
予選は2コース行い上位8人が決勝に行き、ユースと呼ばれる県代表を除く2人が全国大会に出場できる。彼女は1本目の成績は良かった。2本目の結果で決勝に行ける可能性がおおいにあった。そう、あったのである。2本目、先輩は簡単なミスをして落ちてしまった。結果は12位だった。先輩はとても泣いていた。僕ではない男の人の横で。

 


7月、僕に彼女ができた。正直、全然好みではなかった。でも、彼女を作れば忘れられると思っていたからだ。僕が先輩のことが好きになった冬の日を。
道端に咲いてるタンポポの種子を飛ばして微笑む先輩を見た春の日を。
泣いている先輩をただ見つめることしか出来なかった梅雨の日を。
僕は忘れられると思っていた。そんなわけもなく、一緒に海に行った日に僕たちは別れた。短い付き合いだった。

 

 

9月になって先輩は部室に時々、顔を出すようになった。どうやら推薦で大学が決まったらしい。あの梅雨の日から3ヶ月しか経ってないのにとても大人っぽく見えた。でも、笑うと出来るえくぼは変わらなかった。

体育祭や文化祭が終わり学校全体が徐々に中間テストに向けてダラダラと進んでいる時期に僕は時々、あの時のように一緒に帰るようになった。でも、前のように楽しく会話をすることが僕には出来なかった。線香花火のようにすぐに取手と火薬が別れてしまうことを知りながらその一瞬を大切にしていた帰り道がとても息苦しく胸の奥がチクチク刺さった。先輩の隣にいるべきなのは僕ではなくあの時の男だと心の奥底では思っていた。
先輩に「気になる人」がいるのは知っていた。だから喉元まで出てきた四文字の言葉を空気に託し振動させ彼女の鼓膜を通りこころまで届けることは出来なかった。

 

僕の趣味は読書で窪美澄さんの「よるのふくらみ」という本を読んでいたらこんな言葉が出てきた。

「誰にも遠慮入らないの。なんでも言葉にして伝えないと。どんな小さなことでも。幸せが逃げてしまうよ」

 

 

 

僕が託した四文字は先輩の中に留まることはなかった。

恋は死んだ。好きな人の好きな人にはなれなかった。心のキャンパスには先輩との日々が描かれていた。1ページめくった。真っ白のキャンパスが現れた。ここからまた12色の心で好きな背景を書き足していこう。

先輩との日々を破ったわけではない。めくっただけだ。先輩との思い出はいつまでも残っていくと思う。

 

最後に僕の好きな本に出てくる言葉でこの恥ずかしい恋の話を終わらせようと思う。

 

 

「いつまでもあなたの素敵なところが、そのままでありますように。」

シャトルラン

走るのが早くてモテていたのはいつまでだっただろう。僕はいつも足が遅かった。小学生のころ、みんなが憧れるリレーの選手になれることは1度もなかった。リレ選だりぃ~って言ってたヤツを指をくわえて眺めることしか出来ていなかった。

 

僕には中学時代、彼女がいた。 僕は野球部で彼女はソフトボール部だった。僕の中学の野球部は毎週水曜日の朝練は走りのトレーニング、通称ラントレがあった。小心者の僕は手を抜いてるのがバレて監督に怒られるのが怖くていつも全力で走っていた。僕以外はカッコつけてるのかは知らないけど手を抜いて走っている人たちが多かった。

 

ある日彼女と一緒に帰っていると彼女が「ラントレで〇〇くん(僕の本名)いつも早いね!すごいねぇ~。カッコイイじゃん。」と言われた。めちゃくちゃ嬉しかった。やはり好きな人から褒められると嬉しいもので僕はめちゃくちゃラントレを頑張った。その結果、長距離走シャトルランが野球部で1番早くなった。

 

 

先日、シャトルランが行われた。

シャトルランは僕の好きな競技だ。やはりシャトルランが得意だからというのもあるが、シャトルランは弱肉強食の世界だ。強きものが残り弱きものが去る。そんな世界だ。その世界で最後まで生き残ると端でみている女子から声援が貰える。いつもは教室でTwitterを見てるだけのボクが唯一女子から声援を貰える機会だ。 張り切るしかないのだ。

 

シャトルランが始まり続々と脱落者が出てきた。120回を超えたくらいで女子たちが頑張れー。と言ってくれていた。僕はとても嬉しくなって走っていた。ふと周りを見てみると僕以外にも残っていた男子がいた。

そいつは学年で一番可愛い女子を彼女に持っていてバトミントン部のエースでイケメンのやつだった。その時、初めて女子の声援が僕に向けてられたモノではないと気づいた。

彼女たちからしたら僕の存在は眼中にない。

唯一、“シャトルランが1位になった人”という何者にもなれていない僕が何者になれるチャンスなのに、その僕の名前まで“可愛い彼女を持つバトミントン部のイケメンエース”が取ろうとしていた。

僕も誰かから認められたい。自己承認欲求が僕の血液を巡り酸素を心臓に運び僕を動かしていた。

アイツが出来杉くんだとしたら僕は生徒Aだ。せめて“シャトルラン1位”という名前が欲しい。

145回、アイツが走ることをやめた。その時に体育館全体からため息が聞こえた。きっと1人1人のため息は小さかったんだと思う。それでも何人もの人が一斉にため息をついたらそれは大きなため息になる。

146回 拍手がおこった。僕はまだ走っているのに。彼女たちはアイツの走りが見れないならもういいよ。終わりにしろよ。そういう意味を込めた拍手だったと思う。

148回、ついに僕も限界になりシャトルランをおわらせた。

 

これで僕は“シャトルラン1位”という人になれた。

なれたけど、なっただけだった。僕の周りに変化が訪れることはなかった。

シャトルラン1位になれたけど僕は僕のままだった。突然、友達ができたり昼飯を食う友達ができたり女の子と話すこともなかった。

 

なにか大きなことを成し遂げたら。なにか過去の自分を超えることが出来たら。また新しい自分になれると思ってた。

 

そう、思っていただけだった。

 

走るのが早くてモテていたのはいつまでだっただろう。

 

走るのが早くてモテていた時期なんてモノは存在しないのだ。自分以外の誰かがモテることが気に食わなくて僕たちが勝手に思っていた幻想だった。

 

その事に気づいた夜は少し長かった。