なつのはなし。

17歳の夏にはじめてタバコを吸ってみようと思った。煙に包まれたかった。

 

夏のはじまりは副顧問の訃報からだった。正確には元副顧問の先生だ。今年の春に定年退職で学校を離れ違う場所で夜間学校の先生をしているみたいな話を聞いていた。その先生が死んだらしい。

 

部活は非常に緩く顧問の先生の仕事は部室の鍵を閉めることくらいだったし、副顧問は“副”なので毎日会っているわけではなかった。

 

葬式は駅から5分ほど歩いたホールのような場所で行われた。ワイシャツで行くのはおかしいかなと思って学ランを羽織ったけど、他の部員は夏服のワイシャツで着ていたので軽く浮いた。

 

眠ってる副顧問を見た。葬式に来る度にこの人ってこんな顔だったっけと思うのでどうやら私は人の顔をまじまじと見ることがあまりないらしい。ちょびっと泣いた。

 

思い出の品という名目の遺品が並べられていて自由に見ることが出来た。黒いカバーの手帳が置いてあった。多分、副顧問にその手帳を見せてって言ったら断るんだろうなと思った。先に眠ったあなたの負けだ。私は手帳を開いた。昨年の夏に部活の合宿で行った八ヶ岳の日程が書いてあった。5時半に起床。6時に家を出る。駅のコンビニによって朝ごはんとタバコを買う。と書いてあった。朝ごはんもタバコも記しておかないと忘れちゃうんだと思った。なんか少しだけ可笑しかった。

 

帰り道、総武線に揺られながらタバコを吸ってみたくなった。わりかし真面目に生きていたので飲酒も喫煙もしたこと無かったし、そのような欲を感じたこともあまりなかった。けれど、この時は絶対に吸ってやろうと思った。それは決意だと思う。

 

最寄りの駅にあるtaspoを使わずに購入できる自販機で買った。学ランで買うのはドキドキした。パッケージは青だったと思う。学ランに煙の臭がつくのが嫌だったのでファブリーズを買った。パッケージは緑だったと思う。

 

人気のない空き地のような公園のベンチに座った。月明かりに照らされたら悪いことしてるみたいだった。というか、悪いことだ。包装を剥がし、1本だけ取り出した。想像よりも太かったのを覚えてる。口でくわえようと親指と人差し指でつまんだタバコを口元まで持っていってやめた。ポケットから青いパッケージを取り出してゴミ箱に投げた。入った入ってないかは覚えてない。

 

 

ライターがなかった。