覆水不返

はじめて山に行ったのは3年前の今頃だったと思う。部活の新人歓迎山行で山梨の山に行った。山の名前は覚えてなかったけど、途中で鎖場があったのを思い出して調べたら乾徳山というらしい。少しずつ思い出してきた。

 


雨は降っていなかった。晴れていたのか曇りだったのかはわからない。暑かった気がするから多分、晴れ。服装は私服だった。ニシモリくんはなぜだか学校の緑色で胸元に自分の名前の刺繍が入ってるジャージを着てきた。その子は卒業するまでこの件でイジられてた。ヤマモトくんが色々とヤラかしがちなやつと思われ始めたのも確かこの山がきっかけだったと思う。彼はテントのポールを一本忘れた。一本でもないとテントは成立しないのでその班の人達は先生のテントで一緒に寝るハメになっていた。夕食はお米を各自持参し炊事係がそれをコッヘルで炊き、それにレトルトカレーをかけて食べた。ヤマモトくんはレトルトカレーを温めるために使う沸騰している水の入った鍋を不注意で蹴っ飛ばしてそこそこのヒンシュクをかっていた。タニガワ先輩はお米を忘れた。カレーは飲み物だから米なんていらねーよって言ってたけど同期の人たちから分けてもらっていた。

 

食事とミーティングが終わるとそそくさとテントに戻り睡眠の準備をした。確か21時半か22時に消灯だった。当然眠れるわけもなく、同じテントの先輩とおしゃべりをした。何を話したか全く覚えてないから、そこそこ楽しかったんだと思う。会話はしょうもなければしょうもないほど覚えているものだ。

 

寝ていたらテントの外の喋り声で起きた。4時集合だったが炊事係の私は他の人よりも30分早く集合し朝飯の準備をしなければならなかった。とは言ってもカップラーメンなのでお湯を沸かすくらいだけど。

急いで準備しを外に出るとひとつうえの女の先輩がひとりでバーナーで暖まっていた。山の夜は寒い。「おはようございます」と「こんばんは」で迷って「おはようございます」と言った。先輩は星が綺麗だよって言った。空を見上げでもよく見えず、ここではじめて自分がメガネをしていないことに気づいた。それでもなぜだかわからないけど「綺麗ですね」と言った。

私はこの人に恋をする。このときはまだ恋の香りに気づいてないけど私は恋をする。先輩からたくさんの愛のレプリカを貰った。それを私は愛だと勘違いしてもっともっと欲しくなった。レプリカだってわかってるけど、それを愛だと信じていればいつかきっとオリジナルになるんだと思い続けてる。それは今も。

 


好きなアイドルに「好き」と言われた。名前を聞かれたので教えると。知ってます。好きです。ブログ好きです。と言われた。やめて欲しかった。きっとまた私はどんどん欲しくなる。彼女からの愛のレプリカが欲しくて欲しくてたまらなくなる。その娘が他の人にレプリカを渡しているのを見ていると気が狂いそうになる。やさしい嘘なんてつくのはやめて欲しかった。愛のレプリカで着飾られた私の心はベルサイユ宮殿くらい豪華な表面のハリボテだ。見せかけだけで中身がない。それでも、私は嘘が欲しくてまた彼女の前に行くと思う。決してオリジナルにならないレプリカを祈るような眼差しで見つめる私は傍から見ると狂人以外の何者でもない。カエルはおたまじゃくしには戻れない。覆水は盆に返らない。それと同じように私もきっと戻れない。この道の先には天国もなければ地獄すらもない。ねぇ、どうすれば良いのかな?若菜……。