シャトルラン

走るのが早くてモテていたのはいつまでだっただろう。僕はいつも足が遅かった。小学生のころ、みんなが憧れるリレーの選手になれることは1度もなかった。リレ選だりぃ~って言ってたヤツを指をくわえて眺めることしか出来ていなかった。

 

僕には中学時代、彼女がいた。 僕は野球部で彼女はソフトボール部だった。僕の中学の野球部は毎週水曜日の朝練は走りのトレーニング、通称ラントレがあった。小心者の僕は手を抜いてるのがバレて監督に怒られるのが怖くていつも全力で走っていた。僕以外はカッコつけてるのかは知らないけど手を抜いて走っている人たちが多かった。

 

ある日彼女と一緒に帰っていると彼女が「ラントレで〇〇くん(僕の本名)いつも早いね!すごいねぇ~。カッコイイじゃん。」と言われた。めちゃくちゃ嬉しかった。やはり好きな人から褒められると嬉しいもので僕はめちゃくちゃラントレを頑張った。その結果、長距離走シャトルランが野球部で1番早くなった。

 

 

先日、シャトルランが行われた。

シャトルランは僕の好きな競技だ。やはりシャトルランが得意だからというのもあるが、シャトルランは弱肉強食の世界だ。強きものが残り弱きものが去る。そんな世界だ。その世界で最後まで生き残ると端でみている女子から声援が貰える。いつもは教室でTwitterを見てるだけのボクが唯一女子から声援を貰える機会だ。 張り切るしかないのだ。

 

シャトルランが始まり続々と脱落者が出てきた。120回を超えたくらいで女子たちが頑張れー。と言ってくれていた。僕はとても嬉しくなって走っていた。ふと周りを見てみると僕以外にも残っていた男子がいた。

そいつは学年で一番可愛い女子を彼女に持っていてバトミントン部のエースでイケメンのやつだった。その時、初めて女子の声援が僕に向けてられたモノではないと気づいた。

彼女たちからしたら僕の存在は眼中にない。

唯一、“シャトルランが1位になった人”という何者にもなれていない僕が何者になれるチャンスなのに、その僕の名前まで“可愛い彼女を持つバトミントン部のイケメンエース”が取ろうとしていた。

僕も誰かから認められたい。自己承認欲求が僕の血液を巡り酸素を心臓に運び僕を動かしていた。

アイツが出来杉くんだとしたら僕は生徒Aだ。せめて“シャトルラン1位”という名前が欲しい。

145回、アイツが走ることをやめた。その時に体育館全体からため息が聞こえた。きっと1人1人のため息は小さかったんだと思う。それでも何人もの人が一斉にため息をついたらそれは大きなため息になる。

146回 拍手がおこった。僕はまだ走っているのに。彼女たちはアイツの走りが見れないならもういいよ。終わりにしろよ。そういう意味を込めた拍手だったと思う。

148回、ついに僕も限界になりシャトルランをおわらせた。

 

これで僕は“シャトルラン1位”という人になれた。

なれたけど、なっただけだった。僕の周りに変化が訪れることはなかった。

シャトルラン1位になれたけど僕は僕のままだった。突然、友達ができたり昼飯を食う友達ができたり女の子と話すこともなかった。

 

なにか大きなことを成し遂げたら。なにか過去の自分を超えることが出来たら。また新しい自分になれると思ってた。

 

そう、思っていただけだった。

 

走るのが早くてモテていたのはいつまでだっただろう。

 

走るのが早くてモテていた時期なんてモノは存在しないのだ。自分以外の誰かがモテることが気に食わなくて僕たちが勝手に思っていた幻想だった。

 

その事に気づいた夜は少し長かった。