秋元康かるた

http://sinkin66.hatenablog.com/entry/2018/11/19/230847

↑が元ネタです。

 

アイドルの夜明けが来た

(アイドルの夜明け)

 

いちごミルクのかき氷 溶けるまで話したね

(そばかすのキス)

 

打ち上げられた五尺玉 美しく開いたら 儚くあとは消えるだけ

(最後の五尺玉)

 

永遠より12秒

(12秒)

 

おしゃれな服に着替えたり ツインテールにしてみたり ジュエリーつけたりやってみれば大丈夫

(三日月の背中)

 

海岸線並行に走る 思い出の列車でどこへ向かうの?

(冬将軍のリグレット)

 

近眼の僕はポケットの眼鏡をかけてやってきた夏 確かめた

(みどりと森の運動公園)

 

口が勝手に欲しいスニーカーの話をしている

(不器用太陽)

 

携帯かけるより渋滞のバスより君が待つ場所まで走る方が良いさ

(青春のラップタイム)

 

コンバースの紐 直すふりして 君のことだけずっと見ていたよ

(失いたくないから)

 

最高にハッピーに悔いがないように死にましょう 

(サササ サイコー!)

 

純情が服を着たイケテナイそう僕なんだ

(ロマンスのスタート)

 

スカートをウエストで5cm折って 短く穿いた分 自由になりたい

(制服レジスタンス)

 

世界は私たちで回っている

(スキャンダラスに行こう)

 

そばにいる それだけで すべてわかりあえるのかな

(結晶)

 

抱きしめられたら一瞬で燃えて灰になってしまうよ

(抱きしめられたら)

 

ちっとも広くないのに愛の余白を埋められないんだ

(引っ越しました)

 

爪の跡残るほど握りしめ掴んだものはあるか?

(欲望者)

 

出会えたことまで後悔をしてしまう前に 一番素敵な恋だったといつか言えるように...

(抱きしめたいけど)

 

どれくらい思えば愛しさを形にしてあなたまでちゃんと伝わるの?

(ナギイチ)

 

なぜ好きになったの?

(私たちのReason)

 

苦いのが本物よ

(スイート&ビター)

 

拭った汗は恋のモノローグさ

(High school days)

 

ネクタイ緩める手つきがセクシーに見えるのはなぜなんだろう 

(サンダルじゃできない恋)

 

野良猫と私 違うわよ 家出してきたシャムネコさ

(シャムネコ)

 

パパやママに言えない秘密の話  いっぱいこの海に流したら忘れよう

(ガールズルール)

 

人は生まれて何回の出会いがあるの?

(気づいたら片想い)

 

ブリーフよりトランクス愛用

(ハートの独占権)

 

ペーパーバックス読みながら あくび

(人魚のバカンス)

 

僕の未来 必要な人だから...

(ずっとずっと)

 

マナーよりもっと大切なことがあるんだ

(野蛮なソフトクリーム)

 

耳を噛んで 手加減しないでね 

(美しき者)

 

無理に微笑み 嘘いくつかついて 君だけが抱え込むのはやめて 

(夕陽を見ているか?)

 

目と目が合った瞬間 こうなる運命だった

(LOVE修行)

 

もっと感情的に僕が走れたら そうバスの時間に間に合った

(やさしさとは)

 

やさしくするよりキスをして

(やさしくするよりキスをして)

 

夢を見るハートに酸素が足りない 恋の息継ぎ

(さよならクロール)

 

夜よ僕を詩人にするな 綺麗ごとでは終わりたくない 生きることに傷つきうろたえて 無様でいたい

(暗闇)

 

らしくらしく(らしく)ないね(ないね)今までの僕とは違う 冷静さを失ってる 自分 手には負えない 

(らしくない)

 

理想のタイプだとか ここに惹かれたなんて思い出せないスピードで...

(BiNGO!)

 

ルイボスティーを飲みながら なぜ一人微笑むの?

(裸足でSummer)

 

冷蔵庫以外にしまってある ミルクなんて見たことない

(ジッパー)

 

ロマンティックなサヨナラにバカヤロウ

(ロマンティックなサヨナラ)

 

私はあなたの彼女になれますか?

(彼女になれますか?)

 

 

感想

アケカス2年生には厳しかったですが、歌詞の振り返りなどで改めて気づけたこともあったので良かった。センターまで4ヶ月なので基礎を固めていきたいです。

偶像

だから彼女たちのことを偶像と呼ぶんだなと梅山恋和ちゃんを見て僕は理解した。

そのくらいに彼女にはリアリティーが欠けていた。37超個ある細胞ひとつひとつが恐ろしい程に美しくて、その集合体である彼女はまるで作品だなと感じた。ひとつひとつの所作が洗礼された可愛いでありニセモノではなく紛れもない純粋なホンモノだった。立てば芍薬座れば牡丹踊る姿は百合の花。そんな言葉がピッタリだった。


だからこそ僕は彼女を殺したくなった。

いや、正確には彼女の時のを止めたいと思った。そのためには殺してホルマリン漬けにするしかないのかな、なんて思った。これが詭弁だなんてことはもちろん理解してるし本当にそうするわけではない。けれども、おもわず殺したいと思ってしまうほど彼女は完成していて時が彼女を変えていく事実が震えるほど恐ろしかった。タバコ屋で買ったブタメンを地べたで食べていたいつかの少年たちがコンビニで買ったアルコールを路上で呷るように、手を繋ぐことさえ恥ずかしかったあの日の少女が純白のドレスを纏い人前で愛を誓い接吻をするように時は人間を変えていく。一挙手一投足全てが美であった彼女から時が奪っていく可能性がある。記憶の中だけで彼女の美しさを保存して鑑賞することは無理だとわかっていたからこそどうしようもない気持ちになっていた。

 

こんなことを考えながら並んでいたら自分の番が来て彼女と対面した。そこで世界が変わった。

 

彼女の細く美しい手を魑魅のように醜い雑種が触れていいのか躊躇いながら握った。彼女の手には真冬の日向のような優しい暖かさがあった。彼女の目は紫金紅葫蘆の如く吸い込んで行くような魔力があった。本当に綺麗で美しくて圧倒され感嘆の声が思わず漏れた。

「可愛い...」

 

彼女は小さいながらも美しく非の打ち所がひとつもない唇を動かした。

「ありがとうございます」

 

彼女が発した音波を僕の鼓膜が受け止めた瞬間、恋に落ちる音が聞こえた。

僕は彼女の時を止めたかった。でも、今はそんなことは思わない。人間の歪さや社会の淀みに攻撃され傷つき変わり果てた彼女さえも見てみたいそう思った。どんなに醜く汚らしくて見るに耐えない姿になってもきっと彼女の手は暖かく目は魔力を持っているんだろうなと確信した。時はいつでも魔法の杖で様々なものを変えていく。道の景色であったり人間関係であったりと本当に様々なもの。それでも変わらないものも確かにあり波の音や潮の香りや彼女のことを好きだったこととか。

その全てを愛せる自信はないけど、愛してみたい。

 

2018年は梅山恋和で行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私「元カノに似てます」

山尾梨奈「えー?付き合っちゃう」

(4年付きあったあげくに高校の先輩と恋に落ちあっさりと自分を切り捨てた元カノを思い出した)私「ッス...」

おつきさま

藍色の空に佇んでいた中秋の名月はコンパスでクルっと回転されたように丸く、スポットライトを浴びたように大袈裟に輝いていて、なんだか下品に感じた。私の中で月は大人しく淡い光を放って“陰”の役割を担うものだと思っている。だから、それに逸脱しすぎている中秋の名月を見て下品だと感じた。なんて傲慢でなんてくだらない感性を持っているんだろうと自分で自分のことが悲しくなる。

悲しいけど、これが自分なんだ。これが18年間磨き上げてきた感性なんだと諦め受け入れるしかない。

自分に絶望し諦めというメガネを掛けて覗いた世界は、いつかの社会の授業で見せられた戦争映画のようにモノクロで色も希望もない。でも、この世界を作り上げたのは紛れもなく自分であり責任は自分にある。このメガネはある種の呪いのようなもので、自分で外すことは出来ない。呪いを解くには第三者、もしくはそれに準ずる“何か”の介入が必要だ。ドラクエならお金と教会の神父。白雪姫ならお純粋な心を持った人のキス。と言ったように何かに頼らなければならない。

私はいままで誰かに助けを求めてまで呪いのメガネを外そうとは思わなかった。この眼鏡があれば人生が楽になるからだ。俺のような人間は~俺ごときの人間は~と必要以上に自分を卑下し相手を上げることで余力を使わずに生きることが出来る。無駄な体力を使わずに済む。ただ、無駄なものや意味の無いものを排除し自分が選択したものだけを行うのはとてもシンプルで味気ない。

 

私は4月から芸大に通う。芸術の世界は実力主義で弱肉強食の世界だ。淡白な世界でモノクロの街を眺め続けた私が太刀打ちできるものではない。だから、私は変わることにした。第三者、もしくはそれに準ずる“何か”を探して頼ることにした。そして、それを見つけることが出来た。無駄で意味がなく全力になれるもの。そうだ。

 

Tik Tokだ。

 

これに気づいた私はすぐさまダウンロードし髪の毛と眉毛を整え準備に取り掛かった。私はいままでTik Tokをやるような人間を見下していた。加工された嘘の音楽に合わせて偽りの自分を演じた動画を全世界に向けて披露する。これに何の意味があるのか意義があるのかは皆目見当もつかなかった。だからこそ、私は呪いを解くためにやらねばと思った。

 

全力○○始めるよ!

 

全力笑顔!

 

全力キメ顔!

 

全力真顔!

 

全力変顔!

 

全力オコ顔!

 

全力泣き顔!

 

最後は笑顔ではいチーズ!

 

Tik Tokがこんなに技術を要するものだとは実際に行うまでわからなかった。アップテンポのビートに合わせて数秒ごとに表情を変えろという無理難題。これは反応では間に合わない。Don't Think.Feel 考えるな感じろ。つまり反射的に表情を変えなければならないのだ。全力笑顔!と言われてから笑顔を作る。全力キメ顔!と言われてからキメ顔を作るのでは遅い。真夏の海で8時間遊んでから日焼け止めを塗るくらい遅い。笑顔を作りながらキメ顔の作り方を考える。私の想像していたよりも脳みそを使うゲーム、いや、戦いだった。

 

気づいたら1時間ほど、Tik Tokで全力○○を撮り続けた。

 

実際に自分の顔を眺め続けたら色々なことに気づけた。

まずは、私は人工的な笑顔が酷く下手であるということだ。口角は上がっているため笑っているように見えなくもないが、笑ってるとも言い難い。今年の5月に高校の卒業アルバムの個人写真を撮った。なるべく早く終わらせたかった私は全力笑顔!をした。カメラマンに「疲労が見えるからもう少し頑張って」と言われた。その時は「うるせぇよ」と思ったが、言われても仕方がないくらい偽物の笑顔だった。

 

笑顔すらまともに出来ない私が他の表情を上手に作れるわけもなく2005年の日本シリーズ阪神タイガース並に惨敗だった。

 

Tik Tokを1時間ほどやって、呪いのメガネが取れたかと言われれば否である。リズムに合わせて表情を上手に作ることすら出来ない自分にさらに絶望し、呪いのメガネの威力は増した。そして、Tik Tokを上手に使いこなす人を尊敬することにした。

私が尊敬している人物は岸政彦氏とサン・テグジュペリ氏と田島芽瑠氏だ。

Tik Tokerを尊敬した夜は秋雨が降りしきり漫画の主人公になれた気分だった。

 

 

 

 

 

 

両手を広げて



幼い頃にたのしかった?と聞かれて両手をできるだけ大きく伸ばして「このくらいたのしかった!」と言った記憶がある。あの時は怖いものもなければ疑うこともせずに目の前にある物を小さな目と大きな心で楽しんでいた。ただ、あの時の出来事は何かもが鮮やかで新鮮で、小さい口でヨダレを垂らすことしか出来なかった俺にはよくわからなかった。両手をできるだけ大きく伸ばして「たのしかった!」と言った時も。

初めてAKB48劇場に行ったのは、夏休みのありがたさも感じなくなり自堕落な生活に慣れてきた昨年の8月中旬だった。2017年の5月に48のオタクを始めた俺には知識も経験もなく推しメンの語る48エピソードがよくわからなかった。少しでも、推しメンに近づきたかった俺は丁度一般枠を応募できたチーム8の「会いたかった公演」を応募して普通に当選してこんなもんかと思ったのを覚えてる。上手柱横2列目の良席だった。初めての劇場はただただ圧倒されるだけだった。劇場童貞を捨てるために緩そうなハコを選んで入ったのでメンバーも曲もほとんど知らなかったけど、坂道の距離感しか知らなかった俺には充分すぎるインパクトだった。その後も16期のレッツゴー!や16期+D3のアイドル修業中などを見て、楽しかったし感動もしたが、心のどこかで何が足りなかったし、足りないものもわかっていた。可愛いアイドルなんて星の数ほどいるし好きなアイドルは片手で数える程になるが推しメンっていうのは1人しかいない。

その推しメンを劇場で見れることが決まった時は自分に素直になれたというかなんの屈折もなく、ただ真っ直ぐに嬉しくて、ワクワクした。

俺は上手三列目中央あたりの席に座った。俺の横がひと席空いており、スタッフのこちら空いてますよの一言で漫画で見るようなヤバめのデブが来て、これが48か...と戦慄した。そのデブが一回座ったあとに、やっぱりキツいか、とハニカミながら後方に移動し、その辺をちゃんと判断できるのになぜ太ったんだと疑問に思った。

影ナレ岡田奈々さんだった。TLにいる極右のアケカス女ヲタ(偽)は最高に怖いが、岡田奈々さんは普通に好きだ。風の噂でチョコミント色の髪の毛に染めたい願望があるとかないとか聞いて、アイドルだから頭おかしいのか、頭おかしいからアイドルになるのかどっちなんだろうとシンプルに疑問に思った。推しメン教えてくれ(返答なし)

 

overtureは走馬灯みたいだった。たった1分の間に色々なことを思い出した。1st選抜入れなくて号泣してたけど、選抜じゃなくてもSTU48だから頑張るみたいなことを言ったこととか。指原の代わりに繰り上がりで選抜になったときも変な声で泣きながら配信してた時とか。配信に“とろ”と“みちゅ”に出会えてよかったと泣き始めたこととか。思い出はいつも雨みたいなもので、デフォルトとして推しメンの笑顔があるためにどうしても記憶に残ってるのは雨なわけで、そんなことを思ってたらovertureも終わり、もう結構ウルウルした状態で幕が上がってしまった。


1曲目の「暗闇」のイントロで限界突破といいますか、当然のごとく瞳から雨が溢れた。でも、それは完全な通り雨だったようで、何事も無かったように止んでしまった。推しメンが“デコ出し”をしていたからだ。

 

ハッキリ言うが、俺の推しメンはめちゃくちゃ可愛いし綺麗だ。最高の女だ。天気予報士のように嘘はつくけど、口さえなきゃ誰もが振り向くような感じだ(リスペクト桜井和寿)
だけど、“デコ出し”は納得ができない。別に可愛くないわけではないけど、RPGの魔法使い(ゼシカを除く)が一切魔法を使わずに物理攻撃をするようなモノで、もっと冴えたやり方を知ってるだけにもどかしくなってしまう。これはもちろん俺の主観だ。 その後、SRで前髪をセットしても踊ってたら崩れるし汗が目に入るから嫌だといったニュアンスのことを言っていたので理解はしたけど、やはり納得はできない。俺は自分の意見をさも世論かのように、代表面して言うやつが本当に嫌いだし無理なので、重ねて言うが、これは俺の主観であり、もちろん彼女の“デコ出し”を評価している人間もいる。その髪型でも荒れ狂うアイドル海を乗りこなせるだろうなとも思っていたり。いなかったり。だけど、やっぱり前髪ありの推しメンが好きだし似合ってると思う。

 

推しメンの“デコ出し”で、涙が消えたわけたが、そのおかげで昂り興奮しきっていた俺は少なからずの冷静さを取り戻せた。

 

MCで他の人のキャッチコピーとかをダルそうに聞くのはやめていたけど、そろそろ肘を叩いても拍手の代わりにならないことを教えてあげたいと思った。

 

ユニットの「誰かがいつか 好きだと言ってくれる日まで」がとても良かった。この曲に出てくる女の子が本当にどうしようもなくて、好きな男の子に遠回しにフラれたことを“怪我”と表現した次には「誰かがいつか 好きだと言ってくれる日まで 自分の方から絶対告白なんかしないよ」と、もう次の恋の話なんかしてて、節操もなければ、「好きになるのはとても簡単なことだけど 相思相愛は奇跡に近いのかもしれない」と何かの真理に近いものも悟っていて、感情が急展開しすぎててバクっぽくなっている感じが“秋元康感”がしてて、とても好きだ。
この曲を岡田奈々込みで見れたのは本当に良かったけど、fullでやらなかったのはまぁまぁムカついてしまった。

 

自分の近くには三人ほど“推し被り”なる人がいたのを推しメンの“レス”で確認していました。なんの曲だがは忘れてしまったけど(確かSTU48)、客席に指をさす振りがあり、その時に指先が俺に向かってきて、いわゆる所の“レス”というのを貰えた時は流石に勝利を確信したし、“死んだししゃもの目”や“カルト系の宗教を三つ掛け持ちしてそうな顔”と言われた俺だが流石に笑顔になっちまった。推しメンからの“レス”で作り出されるオタクスマイルは最高にキモいが最も美しいと言っても過言ではないだろう。過言だ。
オタクとアイドルの関係なんてものは、オタクからの一方的な愛情で成り立っているけど、こういった風にアイドルからの返答があるとやっぱり嬉しくなってしまうというか、“神推し”の三文字を背負って生きたくなるのが人間ってもんなんですよ。

 

STU48のライブを見るのは通算三回目で、推しメンを目視できる、推しメンのダンスがわかるレベルなのは今回が初めてだった。俺はダンスが得意なわけでもなければ知識があるわけでもないので、例えば軸がブレてなかったとか、両手がちゃんと伸びていたみたいな専門的な評価(これが専門的かはわからないが)は出来なくて、素人なので○○ちゃんと比べていった相対的な評価しか出来ないのは心苦しいけど、そういう目線で見たら推しメンのダンスを“上手い”と感じることは出来なかったし、正直な話、よくわからなかった。推しメンは推しメンなりに頑張ってるところとか意識してるところとかあると思うけど、そこを感じることが出来ないのは俺のオタクスキルが低い事の表れなのかもしれない。子供の頃なら、よくわからなくても大きな声で両手を広げて「楽しかった」と言ってたと思う。だけど、思ったことを大声で叫ぶほど子供でもなければ、理不尽なできごとを涼しい顔していなせるほど大人でもないので、ハッキリ言うけどわからなかった。それでも、やっぱり気づいたら推しメンを目で追っかけてるし、楽しそうにニコニコしながら踊ってるだけで楽しめちゃうのが俺のスタイル俺のヴァイブスぜってぇ誰も真似できねえぇ俺のライフって感じなんだろうな。

 

推しメンは今年22歳になった。人間としては全然若いがアイドルとしてはそこそこいい歳ではある。いつやめてもおかしくない状況で次があることを想定して生きるほど楽観的でもないけど、もし、また推しメンを劇場を見れるなら、もっと輝く推しメンが見たいし、今日よりも明日の推しメンが最高って言いたいんだよね。頼むぜ推しメン。

 

 

 


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幼なじみ

俺はずっとお前のことが嫌いだった。


物心ついたときから俺はお前の横にずっといた。幼稚園に行く時も、送迎バスの中でも、かくれんぼしている時でも。お前にはお前の正義があって、それを絶対に譲ることは無かった。ダイアモンドパールの秘伝技の中にダイビングがあると言ったお前に、今回からは秘伝技じゃなくて普通の技であるだけだよ、と伝えてもお前は絶対に自分の非を認めなかった。
そんなお前を俺は自己中心的なヤツだと思い本当に嫌いだった。それでも俺はお前の横に居続けた。

 

小学校に入って俺は1年生の春から野球を始めた。理由はじいちゃんも親父も好きな野球を俺も好きになってみたかったからだ。
二年の夏にお前も俺と同じチームに入った。絶望的に野球のセンスもパワーもスピードも無かった俺は1年少しやって未だにノーヒットだったが、お前はまだユニーフォームも届いてなくてジャージで参加した練習試合でいきなりセンター前ヒットを打った。それから俺もお前もメキメキと上達して行ったが、結局お前を抜かすことはほぼ無かった。お前より上手かったのはバントと凡打の打ち方くらいだった。


中学校も同じとこで同じ野球部に入部した。礼儀が良いという理由で先生のお気に入りになった俺は同級生の反感を買いイジめられるようになった。俺のポジションはセカンドでそこの先輩は相対的にも絶対的にも俺よりも下手なのにレギュラーになろうとしたため、暴力で解決しようとした。身体的な痛みは慣れてきてなんともなるけど、精神的な痛みはどうにもならなくて、先輩の言う通りにわざと試合でエラーをしたり、練習をサボったりして、部内カーストの坂道を一気に転がり落ちていった。で、その空いたポジションのレギュラーになったのは紛れもなくお前だった。お前のポジションはサードだ。でも、サードの先輩はすげぇ上手くて市選抜のクリーンナップを打つようなやつでお前は代打要因でくすぶっていた。そこで、お前がコンバートされて、レギュラーになった。お前は俺からポジションを奪ったみたいで申し訳ないと視聴率1%未満のスポーツ青春ドラマみたいなことを言ってきたが、なんとも思わなかったし、なんとも思う余裕も無かった。
中学生になっても、お前はお前自身の正義を貫いた。監督は絵に書いた様な理不尽ハゲで何度も何度も意味不明なことで怒ってきた。それを俺たちは受け流すように謝ったが、お前だけは反抗した。その姿勢に監督はお前を干すことが何度かあったけど、それでも、お前は実力でグラウンドに戻ってきた。最高にクールだった。

 

先輩が引退してからも同級生からのイジめは続き最終的には塁間も投げられないくらい壊滅的な身体になっちまったけど、お前は何も変わらずに一緒に帰ってくれたし、変に心配されるよりはすごくありがたかった。

 

高校は別々になった。はじめて、お前のいない場所に飛び込むことになるんだと少しワクワクしたけど、無神教の俺でさえ神の存在を疑うほどの偶然が起きた。俺もお前もそれぞれの高校のクライミング部に入って、俺とお前の勝負は続いた。


俺はずっと、お前の背中だけを見続けて15年間生きてきた。だから、この高校生活は青春全部賭けてでも頑張ってお前をギャフンと言わせてやろうと思った。でも、青春全部賭けるなんて勇気は出なくて壁も小説も音楽もアイドルもAもBもCもDも愛した。お前は最高にバカだから、壁の前に立ち続けAだけを愛した。お前がワンピースやAAAを愛しているのは勿論知ってるけど、お前は1度も壁に背を向けることはなかった。それが、千葉で1位をとるお前と決勝ギリギリで落ち続けた俺とお前の差なのかもしれない。

 

ずっとずっとずっと、幼稚園の時から今まで俺はお前に勝ちたかった。今回の大会が最後のチャンスだった。ライバルなんて安っぽい言葉や親友なんて陳腐な言葉に俺とお前の関係を形容することは不可能だ。本田圭佑がプロフェッショナルとはケイスケ・ホンダのことだ、と言ったように俺とお前の関係は“俺とお前”だった。

 

最後の大会、お前は3位で全国の切符を掴み損ない俺は11位で決勝にすら行けなかった。俺の17年間を一言で表すなら「敗北」の言葉がぴったりだろう。お前に出会わなければ、一生忘れることの出来ないであろう悔しさの傷も負け続けることの惨めさも理解することもせず、楽しく生きられたと思う。もっと平和で穏やかな日常を。それでも、こんな敗北の一言がぴったりな人生になってしまっても、俺はお前と出会えて本当に良かったと思うし、それだけで最高の青春を過ごせたんだと思う。

 

ありがとう。また、戦おうぜ。

こけこっこー

まず、前提に今から綴る内容は全て嘘偽りのない話である。確かに信じにくく、まだカボチャの馬車に乗って舞踏会に出かけてきた、とか言った方が信憑性があるとは思うが、それでも嘘偽りはないと信じてほしい。

昔の偉い人は言った「事実は小説より奇なり」と。

 

まず、私はいわゆる所のママチャリというものに乗って帰路についていた。国道16号線かは1本内に入った住宅街の隙間を通る道を“キャノンボール”でお馴染みのマーク・カヴェンディッシュのごとく爆走していた。すると、突然目の前に赤く厳かなトサカを生やし、我ここにあり、と言わんばかりに堂々とした姿でいるニワトリが現れたのである。

 

21世紀の情報社会の申し子である私はとりあえず、そのニワトリを写真に撮り、なぜ千葉県の国道をひとつ入った道にニワトリがいるのかを考えた。

オワコンと同じ思考回路なのは不名誉なことだとは重々承知しているが、四国や島根などではない。外国では日常茶飯事で親の顔よりもニワトリを見る回数の方が多いなんてことはありそうだが、ここは千葉県船橋市。千葉県内で2番目に人口の多いベッドタウンだ。普通に考えてニワトリがいるはずもないが、事実は小説よりも奇なりだ。何が起こっても変じゃない。こんな時代さ。覚悟は出来てる(es)

 

まず、ひとつとして幼女が泣く泣く捨てた可能性であろう。

幼女は雨の日、ピンクの傘をさし黄色の長靴を履き透明のレインコートを着て幼稚園から家に向かってあるいていた。そうすると、どこから頼りなく弱った声で「こけこっこー」(田中皓子ではない)と聞こえてきた。幼女は声の聞こえる方向に向かったらダンボールの中にまるで失恋したヒロインのごとくずぶ濡れになったニワトリがいたのである。

幼女は心優しい。なぜならば、幼女だからだ。 その幼女は濡れたニワトリを抱き家まで走った。

 

幼女は濡れたニワトリを家まで連れて帰ったが、そこからは何をして良いかわからなかった。なぜならば、幼女だからだ。

とりあえず、手洗いとうがいをして恐る恐る、ニワトリをタオルで拭いた。最初はドライヤーの方が良いかもと思ったが、ドライヤーのある棚には幼女の大きさでは届かずタオルに妥協した。20分もすると母親が帰ってきた。お母さんに説明したが、ここのマンションは動物禁止であること。ニワトリの飼い方なんてわからないこと。アメリカ人のお父さんが間違えて感謝祭の日に丸焼きにして食べてしまう危険性があることなどから、この家で飼えないと説明されたが、幼女は納得出来なかった。なぜならば、幼女だからだ。

納得はできなかったが母親の言う通りにしないと怒られてしまうかもしれないので、元々いた所に返しにいった。

雨はやみ、思わずむせてしまうようなコンクリートの匂いを嗅ぎながら幼女はニワトリを抱え公園に返した。

ニワトリを置き背中を向けると「こけこっこー!」と大きな鳴き声が聞こえた。幼女は思わず振り返ると、そこにはニワトリはもうおらず、虹がかかっていた。(ここで君と虹と太陽とがかかる。)

 

なんて、私の妄想を炸裂させたが、この可能性は極めて低いだろう。なぜならば、私の考えた妄想だからだ。

 

ふたつめの可能性は今回は書くのをやめようと思う。少しばかり飽きてしまった。

 



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17歳

人生で1度しかない“高校二年生”が終わろうとしている。

 

17歳。青春。

 

ハッキリといって私の17歳は失敗だったと思う。私は幻の至宝と言われる「薔薇色のキャンパスライフ」を掴み取ることが出来なかった。

では、なぜ掴み取るが出来なかったのか。一部始終をここに記すことにする。

 

~4月~

 

私は死ぬほど緊張していた。何事もはじめが肝心だ。身だしなみはしっかりと整えた。1550円カットにも行った。2週間の間、ワイシャツを漂白剤に浸し真っ白にした。できることはした。

このあとに行われる最初の鬼門である「自己紹介」さえ越えれば「薔薇色のキャンパスライフ」にぐっと近づく気がしていた。

 

頭の中で自己紹介文を推敲していると一人の男がやってきた。それが彼とのファーストコンタクトでありワーストコンタクトだった。

 

男「元B組の○○くんだよね?」

私「そうです。」

男「こないだ欅坂の握手会いなかった?変なおじさんたちと話してたよね(笑)」

 

死んだ。

 

ここで僕の17歳。僕の青春。僕の高校二年生が終わったと思った。新クラスになり1秒でヲタバレ。出会って挿入するまでの時間よりも早く、私の生態がバレた。

しかも、変なおじさんって。。。あれはTwitterで知り合ったオタ......たしかに変なおじさんかもしれない。。。

 

だが、私は数多くの修羅場をくぐり抜けてきた。

ブースに入り推しメンの顔を見た瞬間に頭の中で何千回、何万回とシュミレーションをした言葉を忘れ、真っ白の状態になりながらも、なんとかコミュニケーションを取ったこともある。死ぬほど苦手なオタクとの馴れ合いを何回もこなした。

 

私は咄嗟にこう返した。

 

私「人違いだと思います...」

男「え?......あ、ごめん.........」

私「...ッス」

 

完 全 勝 利

私は「薔薇色のキャンパスライフ」を守り抜くことがとりあえずは出来た。

「オタク」とかいう気持ちの悪く常に異臭を放っている社会不適合者アスペルガー集団と一緒にされちゃこまる。

 

一息ついたと思いきや、一難去ってまた一難。次は自己紹介だ。

噛まないように。つっかえないように。慎重に名前と部活と趣味を言った。

 

ここで大きなミスをしてしまった。私は趣味は“読書”と答えてしまった。

 

答えたからには本を読まねばならない。休み時間、ずっと本を読んだ。ここから自意識の問題だ。死ぬほど本を読んだ。周りの人達がコミュニケーションを取り親睦を深める中、私は黙々と本を読んだ。

 

そうして青春を殺した。

 

(オチなし)