おつきさま

藍色の空に佇んでいた中秋の名月はコンパスでクルっと回転されたように丸く、スポットライトを浴びたように大袈裟に輝いていて、なんだか下品に感じた。私の中で月は大人しく淡い光を放って“陰”の役割を担うものだと思っている。だから、それに逸脱しすぎている中秋の名月を見て下品だと感じた。なんて傲慢でなんてくだらない感性を持っているんだろうと自分で自分のことが悲しくなる。

悲しいけど、これが自分なんだ。これが18年間磨き上げてきた感性なんだと諦め受け入れるしかない。

自分に絶望し諦めというメガネを掛けて覗いた世界は、いつかの社会の授業で見せられた戦争映画のようにモノクロで色も希望もない。でも、この世界を作り上げたのは紛れもなく自分であり責任は自分にある。このメガネはある種の呪いのようなもので、自分で外すことは出来ない。呪いを解くには第三者、もしくはそれに準ずる“何か”の介入が必要だ。ドラクエならお金と教会の神父。白雪姫ならお純粋な心を持った人のキス。と言ったように何かに頼らなければならない。

私はいままで誰かに助けを求めてまで呪いのメガネを外そうとは思わなかった。この眼鏡があれば人生が楽になるからだ。俺のような人間は~俺ごときの人間は~と必要以上に自分を卑下し相手を上げることで余力を使わずに生きることが出来る。無駄な体力を使わずに済む。ただ、無駄なものや意味の無いものを排除し自分が選択したものだけを行うのはとてもシンプルで味気ない。

 

私は4月から芸大に通う。芸術の世界は実力主義で弱肉強食の世界だ。淡白な世界でモノクロの街を眺め続けた私が太刀打ちできるものではない。だから、私は変わることにした。第三者、もしくはそれに準ずる“何か”を探して頼ることにした。そして、それを見つけることが出来た。無駄で意味がなく全力になれるもの。そうだ。

 

Tik Tokだ。

 

これに気づいた私はすぐさまダウンロードし髪の毛と眉毛を整え準備に取り掛かった。私はいままでTik Tokをやるような人間を見下していた。加工された嘘の音楽に合わせて偽りの自分を演じた動画を全世界に向けて披露する。これに何の意味があるのか意義があるのかは皆目見当もつかなかった。だからこそ、私は呪いを解くためにやらねばと思った。

 

全力○○始めるよ!

 

全力笑顔!

 

全力キメ顔!

 

全力真顔!

 

全力変顔!

 

全力オコ顔!

 

全力泣き顔!

 

最後は笑顔ではいチーズ!

 

Tik Tokがこんなに技術を要するものだとは実際に行うまでわからなかった。アップテンポのビートに合わせて数秒ごとに表情を変えろという無理難題。これは反応では間に合わない。Don't Think.Feel 考えるな感じろ。つまり反射的に表情を変えなければならないのだ。全力笑顔!と言われてから笑顔を作る。全力キメ顔!と言われてからキメ顔を作るのでは遅い。真夏の海で8時間遊んでから日焼け止めを塗るくらい遅い。笑顔を作りながらキメ顔の作り方を考える。私の想像していたよりも脳みそを使うゲーム、いや、戦いだった。

 

気づいたら1時間ほど、Tik Tokで全力○○を撮り続けた。

 

実際に自分の顔を眺め続けたら色々なことに気づけた。

まずは、私は人工的な笑顔が酷く下手であるということだ。口角は上がっているため笑っているように見えなくもないが、笑ってるとも言い難い。今年の5月に高校の卒業アルバムの個人写真を撮った。なるべく早く終わらせたかった私は全力笑顔!をした。カメラマンに「疲労が見えるからもう少し頑張って」と言われた。その時は「うるせぇよ」と思ったが、言われても仕方がないくらい偽物の笑顔だった。

 

笑顔すらまともに出来ない私が他の表情を上手に作れるわけもなく2005年の日本シリーズ阪神タイガース並に惨敗だった。

 

Tik Tokを1時間ほどやって、呪いのメガネが取れたかと言われれば否である。リズムに合わせて表情を上手に作ることすら出来ない自分にさらに絶望し、呪いのメガネの威力は増した。そして、Tik Tokを上手に使いこなす人を尊敬することにした。

私が尊敬している人物は岸政彦氏とサン・テグジュペリ氏と田島芽瑠氏だ。

Tik Tokerを尊敬した夜は秋雨が降りしきり漫画の主人公になれた気分だった。

 

 

 

 

 

 

両手を広げて



幼い頃にたのしかった?と聞かれて両手をできるだけ大きく伸ばして「このくらいたのしかった!」と言った記憶がある。あの時は怖いものもなければ疑うこともせずに目の前にある物を小さな目と大きな心で楽しんでいた。ただ、あの時の出来事は何かもが鮮やかで新鮮で、小さい口でヨダレを垂らすことしか出来なかった俺にはよくわからなかった。両手をできるだけ大きく伸ばして「たのしかった!」と言った時も。

初めてAKB48劇場に行ったのは、夏休みのありがたさも感じなくなり自堕落な生活に慣れてきた昨年の8月中旬だった。2017年の5月に48のオタクを始めた俺には知識も経験もなく推しメンの語る48エピソードがよくわからなかった。少しでも、推しメンに近づきたかった俺は丁度一般枠を応募できたチーム8の「会いたかった公演」を応募して普通に当選してこんなもんかと思ったのを覚えてる。上手柱横2列目の良席だった。初めての劇場はただただ圧倒されるだけだった。劇場童貞を捨てるために緩そうなハコを選んで入ったのでメンバーも曲もほとんど知らなかったけど、坂道の距離感しか知らなかった俺には充分すぎるインパクトだった。その後も16期のレッツゴー!や16期+D3のアイドル修業中などを見て、楽しかったし感動もしたが、心のどこかで何が足りなかったし、足りないものもわかっていた。可愛いアイドルなんて星の数ほどいるし好きなアイドルは片手で数える程になるが推しメンっていうのは1人しかいない。

その推しメンを劇場で見れることが決まった時は自分に素直になれたというかなんの屈折もなく、ただ真っ直ぐに嬉しくて、ワクワクした。

俺は上手三列目中央あたりの席に座った。俺の横がひと席空いており、スタッフのこちら空いてますよの一言で漫画で見るようなヤバめのデブが来て、これが48か...と戦慄した。そのデブが一回座ったあとに、やっぱりキツいか、とハニカミながら後方に移動し、その辺をちゃんと判断できるのになぜ太ったんだと疑問に思った。

影ナレ岡田奈々さんだった。TLにいる極右のアケカス女ヲタ(偽)は最高に怖いが、岡田奈々さんは普通に好きだ。風の噂でチョコミント色の髪の毛に染めたい願望があるとかないとか聞いて、アイドルだから頭おかしいのか、頭おかしいからアイドルになるのかどっちなんだろうとシンプルに疑問に思った。推しメン教えてくれ(返答なし)

 

overtureは走馬灯みたいだった。たった1分の間に色々なことを思い出した。1st選抜入れなくて号泣してたけど、選抜じゃなくてもSTU48だから頑張るみたいなことを言ったこととか。指原の代わりに繰り上がりで選抜になったときも変な声で泣きながら配信してた時とか。配信に“とろ”と“みちゅ”に出会えてよかったと泣き始めたこととか。思い出はいつも雨みたいなもので、デフォルトとして推しメンの笑顔があるためにどうしても記憶に残ってるのは雨なわけで、そんなことを思ってたらovertureも終わり、もう結構ウルウルした状態で幕が上がってしまった。


1曲目の「暗闇」のイントロで限界突破といいますか、当然のごとく瞳から雨が溢れた。でも、それは完全な通り雨だったようで、何事も無かったように止んでしまった。推しメンが“デコ出し”をしていたからだ。

 

ハッキリ言うが、俺の推しメンはめちゃくちゃ可愛いし綺麗だ。最高の女だ。天気予報士のように嘘はつくけど、口さえなきゃ誰もが振り向くような感じだ(リスペクト桜井和寿)
だけど、“デコ出し”は納得ができない。別に可愛くないわけではないけど、RPGの魔法使い(ゼシカを除く)が一切魔法を使わずに物理攻撃をするようなモノで、もっと冴えたやり方を知ってるだけにもどかしくなってしまう。これはもちろん俺の主観だ。 その後、SRで前髪をセットしても踊ってたら崩れるし汗が目に入るから嫌だといったニュアンスのことを言っていたので理解はしたけど、やはり納得はできない。俺は自分の意見をさも世論かのように、代表面して言うやつが本当に嫌いだし無理なので、重ねて言うが、これは俺の主観であり、もちろん彼女の“デコ出し”を評価している人間もいる。その髪型でも荒れ狂うアイドル海を乗りこなせるだろうなとも思っていたり。いなかったり。だけど、やっぱり前髪ありの推しメンが好きだし似合ってると思う。

 

推しメンの“デコ出し”で、涙が消えたわけたが、そのおかげで昂り興奮しきっていた俺は少なからずの冷静さを取り戻せた。

 

MCで他の人のキャッチコピーとかをダルそうに聞くのはやめていたけど、そろそろ肘を叩いても拍手の代わりにならないことを教えてあげたいと思った。

 

ユニットの「誰かがいつか 好きだと言ってくれる日まで」がとても良かった。この曲に出てくる女の子が本当にどうしようもなくて、好きな男の子に遠回しにフラれたことを“怪我”と表現した次には「誰かがいつか 好きだと言ってくれる日まで 自分の方から絶対告白なんかしないよ」と、もう次の恋の話なんかしてて、節操もなければ、「好きになるのはとても簡単なことだけど 相思相愛は奇跡に近いのかもしれない」と何かの真理に近いものも悟っていて、感情が急展開しすぎててバクっぽくなっている感じが“秋元康感”がしてて、とても好きだ。
この曲を岡田奈々込みで見れたのは本当に良かったけど、fullでやらなかったのはまぁまぁムカついてしまった。

 

自分の近くには三人ほど“推し被り”なる人がいたのを推しメンの“レス”で確認していました。なんの曲だがは忘れてしまったけど(確かSTU48)、客席に指をさす振りがあり、その時に指先が俺に向かってきて、いわゆる所の“レス”というのを貰えた時は流石に勝利を確信したし、“死んだししゃもの目”や“カルト系の宗教を三つ掛け持ちしてそうな顔”と言われた俺だが流石に笑顔になっちまった。推しメンからの“レス”で作り出されるオタクスマイルは最高にキモいが最も美しいと言っても過言ではないだろう。過言だ。
オタクとアイドルの関係なんてものは、オタクからの一方的な愛情で成り立っているけど、こういった風にアイドルからの返答があるとやっぱり嬉しくなってしまうというか、“神推し”の三文字を背負って生きたくなるのが人間ってもんなんですよ。

 

STU48のライブを見るのは通算三回目で、推しメンを目視できる、推しメンのダンスがわかるレベルなのは今回が初めてだった。俺はダンスが得意なわけでもなければ知識があるわけでもないので、例えば軸がブレてなかったとか、両手がちゃんと伸びていたみたいな専門的な評価(これが専門的かはわからないが)は出来なくて、素人なので○○ちゃんと比べていった相対的な評価しか出来ないのは心苦しいけど、そういう目線で見たら推しメンのダンスを“上手い”と感じることは出来なかったし、正直な話、よくわからなかった。推しメンは推しメンなりに頑張ってるところとか意識してるところとかあると思うけど、そこを感じることが出来ないのは俺のオタクスキルが低い事の表れなのかもしれない。子供の頃なら、よくわからなくても大きな声で両手を広げて「楽しかった」と言ってたと思う。だけど、思ったことを大声で叫ぶほど子供でもなければ、理不尽なできごとを涼しい顔していなせるほど大人でもないので、ハッキリ言うけどわからなかった。それでも、やっぱり気づいたら推しメンを目で追っかけてるし、楽しそうにニコニコしながら踊ってるだけで楽しめちゃうのが俺のスタイル俺のヴァイブスぜってぇ誰も真似できねえぇ俺のライフって感じなんだろうな。

 

推しメンは今年22歳になった。人間としては全然若いがアイドルとしてはそこそこいい歳ではある。いつやめてもおかしくない状況で次があることを想定して生きるほど楽観的でもないけど、もし、また推しメンを劇場を見れるなら、もっと輝く推しメンが見たいし、今日よりも明日の推しメンが最高って言いたいんだよね。頼むぜ推しメン。

 

 

 


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幼なじみ

俺はずっとお前のことが嫌いだった。


物心ついたときから俺はお前の横にずっといた。幼稚園に行く時も、送迎バスの中でも、かくれんぼしている時でも。お前にはお前の正義があって、それを絶対に譲ることは無かった。ダイアモンドパールの秘伝技の中にダイビングがあると言ったお前に、今回からは秘伝技じゃなくて普通の技であるだけだよ、と伝えてもお前は絶対に自分の非を認めなかった。
そんなお前を俺は自己中心的なヤツだと思い本当に嫌いだった。それでも俺はお前の横に居続けた。

 

小学校に入って俺は1年生の春から野球を始めた。理由はじいちゃんも親父も好きな野球を俺も好きになってみたかったからだ。
二年の夏にお前も俺と同じチームに入った。絶望的に野球のセンスもパワーもスピードも無かった俺は1年少しやって未だにノーヒットだったが、お前はまだユニーフォームも届いてなくてジャージで参加した練習試合でいきなりセンター前ヒットを打った。それから俺もお前もメキメキと上達して行ったが、結局お前を抜かすことはほぼ無かった。お前より上手かったのはバントと凡打の打ち方くらいだった。


中学校も同じとこで同じ野球部に入部した。礼儀が良いという理由で先生のお気に入りになった俺は同級生の反感を買いイジめられるようになった。俺のポジションはセカンドでそこの先輩は相対的にも絶対的にも俺よりも下手なのにレギュラーになろうとしたため、暴力で解決しようとした。身体的な痛みは慣れてきてなんともなるけど、精神的な痛みはどうにもならなくて、先輩の言う通りにわざと試合でエラーをしたり、練習をサボったりして、部内カーストの坂道を一気に転がり落ちていった。で、その空いたポジションのレギュラーになったのは紛れもなくお前だった。お前のポジションはサードだ。でも、サードの先輩はすげぇ上手くて市選抜のクリーンナップを打つようなやつでお前は代打要因でくすぶっていた。そこで、お前がコンバートされて、レギュラーになった。お前は俺からポジションを奪ったみたいで申し訳ないと視聴率1%未満のスポーツ青春ドラマみたいなことを言ってきたが、なんとも思わなかったし、なんとも思う余裕も無かった。
中学生になっても、お前はお前自身の正義を貫いた。監督は絵に書いた様な理不尽ハゲで何度も何度も意味不明なことで怒ってきた。それを俺たちは受け流すように謝ったが、お前だけは反抗した。その姿勢に監督はお前を干すことが何度かあったけど、それでも、お前は実力でグラウンドに戻ってきた。最高にクールだった。

 

先輩が引退してからも同級生からのイジめは続き最終的には塁間も投げられないくらい壊滅的な身体になっちまったけど、お前は何も変わらずに一緒に帰ってくれたし、変に心配されるよりはすごくありがたかった。

 

高校は別々になった。はじめて、お前のいない場所に飛び込むことになるんだと少しワクワクしたけど、無神教の俺でさえ神の存在を疑うほどの偶然が起きた。俺もお前もそれぞれの高校のクライミング部に入って、俺とお前の勝負は続いた。


俺はずっと、お前の背中だけを見続けて15年間生きてきた。だから、この高校生活は青春全部賭けてでも頑張ってお前をギャフンと言わせてやろうと思った。でも、青春全部賭けるなんて勇気は出なくて壁も小説も音楽もアイドルもAもBもCもDも愛した。お前は最高にバカだから、壁の前に立ち続けAだけを愛した。お前がワンピースやAAAを愛しているのは勿論知ってるけど、お前は1度も壁に背を向けることはなかった。それが、千葉で1位をとるお前と決勝ギリギリで落ち続けた俺とお前の差なのかもしれない。

 

ずっとずっとずっと、幼稚園の時から今まで俺はお前に勝ちたかった。今回の大会が最後のチャンスだった。ライバルなんて安っぽい言葉や親友なんて陳腐な言葉に俺とお前の関係を形容することは不可能だ。本田圭佑がプロフェッショナルとはケイスケ・ホンダのことだ、と言ったように俺とお前の関係は“俺とお前”だった。

 

最後の大会、お前は3位で全国の切符を掴み損ない俺は11位で決勝にすら行けなかった。俺の17年間を一言で表すなら「敗北」の言葉がぴったりだろう。お前に出会わなければ、一生忘れることの出来ないであろう悔しさの傷も負け続けることの惨めさも理解することもせず、楽しく生きられたと思う。もっと平和で穏やかな日常を。それでも、こんな敗北の一言がぴったりな人生になってしまっても、俺はお前と出会えて本当に良かったと思うし、それだけで最高の青春を過ごせたんだと思う。

 

ありがとう。また、戦おうぜ。

こけこっこー

まず、前提に今から綴る内容は全て嘘偽りのない話である。確かに信じにくく、まだカボチャの馬車に乗って舞踏会に出かけてきた、とか言った方が信憑性があるとは思うが、それでも嘘偽りはないと信じてほしい。

昔の偉い人は言った「事実は小説より奇なり」と。

 

まず、私はいわゆる所のママチャリというものに乗って帰路についていた。国道16号線かは1本内に入った住宅街の隙間を通る道を“キャノンボール”でお馴染みのマーク・カヴェンディッシュのごとく爆走していた。すると、突然目の前に赤く厳かなトサカを生やし、我ここにあり、と言わんばかりに堂々とした姿でいるニワトリが現れたのである。

 

21世紀の情報社会の申し子である私はとりあえず、そのニワトリを写真に撮り、なぜ千葉県の国道をひとつ入った道にニワトリがいるのかを考えた。

オワコンと同じ思考回路なのは不名誉なことだとは重々承知しているが、四国や島根などではない。外国では日常茶飯事で親の顔よりもニワトリを見る回数の方が多いなんてことはありそうだが、ここは千葉県船橋市。千葉県内で2番目に人口の多いベッドタウンだ。普通に考えてニワトリがいるはずもないが、事実は小説よりも奇なりだ。何が起こっても変じゃない。こんな時代さ。覚悟は出来てる(es)

 

まず、ひとつとして幼女が泣く泣く捨てた可能性であろう。

幼女は雨の日、ピンクの傘をさし黄色の長靴を履き透明のレインコートを着て幼稚園から家に向かってあるいていた。そうすると、どこから頼りなく弱った声で「こけこっこー」(田中皓子ではない)と聞こえてきた。幼女は声の聞こえる方向に向かったらダンボールの中にまるで失恋したヒロインのごとくずぶ濡れになったニワトリがいたのである。

幼女は心優しい。なぜならば、幼女だからだ。 その幼女は濡れたニワトリを抱き家まで走った。

 

幼女は濡れたニワトリを家まで連れて帰ったが、そこからは何をして良いかわからなかった。なぜならば、幼女だからだ。

とりあえず、手洗いとうがいをして恐る恐る、ニワトリをタオルで拭いた。最初はドライヤーの方が良いかもと思ったが、ドライヤーのある棚には幼女の大きさでは届かずタオルに妥協した。20分もすると母親が帰ってきた。お母さんに説明したが、ここのマンションは動物禁止であること。ニワトリの飼い方なんてわからないこと。アメリカ人のお父さんが間違えて感謝祭の日に丸焼きにして食べてしまう危険性があることなどから、この家で飼えないと説明されたが、幼女は納得出来なかった。なぜならば、幼女だからだ。

納得はできなかったが母親の言う通りにしないと怒られてしまうかもしれないので、元々いた所に返しにいった。

雨はやみ、思わずむせてしまうようなコンクリートの匂いを嗅ぎながら幼女はニワトリを抱え公園に返した。

ニワトリを置き背中を向けると「こけこっこー!」と大きな鳴き声が聞こえた。幼女は思わず振り返ると、そこにはニワトリはもうおらず、虹がかかっていた。(ここで君と虹と太陽とがかかる。)

 

なんて、私の妄想を炸裂させたが、この可能性は極めて低いだろう。なぜならば、私の考えた妄想だからだ。

 

ふたつめの可能性は今回は書くのをやめようと思う。少しばかり飽きてしまった。

 



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17歳

人生で1度しかない“高校二年生”が終わろうとしている。

 

17歳。青春。

 

ハッキリといって私の17歳は失敗だったと思う。私は幻の至宝と言われる「薔薇色のキャンパスライフ」を掴み取ることが出来なかった。

では、なぜ掴み取るが出来なかったのか。一部始終をここに記すことにする。

 

~4月~

 

私は死ぬほど緊張していた。何事もはじめが肝心だ。身だしなみはしっかりと整えた。1550円カットにも行った。2週間の間、ワイシャツを漂白剤に浸し真っ白にした。できることはした。

このあとに行われる最初の鬼門である「自己紹介」さえ越えれば「薔薇色のキャンパスライフ」にぐっと近づく気がしていた。

 

頭の中で自己紹介文を推敲していると一人の男がやってきた。それが彼とのファーストコンタクトでありワーストコンタクトだった。

 

男「元B組の○○くんだよね?」

私「そうです。」

男「こないだ欅坂の握手会いなかった?変なおじさんたちと話してたよね(笑)」

 

死んだ。

 

ここで僕の17歳。僕の青春。僕の高校二年生が終わったと思った。新クラスになり1秒でヲタバレ。出会って挿入するまでの時間よりも早く、私の生態がバレた。

しかも、変なおじさんって。。。あれはTwitterで知り合ったオタ......たしかに変なおじさんかもしれない。。。

 

だが、私は数多くの修羅場をくぐり抜けてきた。

ブースに入り推しメンの顔を見た瞬間に頭の中で何千回、何万回とシュミレーションをした言葉を忘れ、真っ白の状態になりながらも、なんとかコミュニケーションを取ったこともある。死ぬほど苦手なオタクとの馴れ合いを何回もこなした。

 

私は咄嗟にこう返した。

 

私「人違いだと思います...」

男「え?......あ、ごめん.........」

私「...ッス」

 

完 全 勝 利

私は「薔薇色のキャンパスライフ」を守り抜くことがとりあえずは出来た。

「オタク」とかいう気持ちの悪く常に異臭を放っている社会不適合者アスペルガー集団と一緒にされちゃこまる。

 

一息ついたと思いきや、一難去ってまた一難。次は自己紹介だ。

噛まないように。つっかえないように。慎重に名前と部活と趣味を言った。

 

ここで大きなミスをしてしまった。私は趣味は“読書”と答えてしまった。

 

答えたからには本を読まねばならない。休み時間、ずっと本を読んだ。ここから自意識の問題だ。死ぬほど本を読んだ。周りの人達がコミュニケーションを取り親睦を深める中、私は黙々と本を読んだ。

 

そうして青春を殺した。

 

(オチなし)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こじつけ

NGT48単独コンサート~未来はどこまで青空なのか?~の感想の殴り書きです。

 

①荻野由佳ちゃんは偉い。

 

荻野由佳ちゃんには華があると今回のコンサートを見てつくづく思った。

荻野由佳ちゃんが“苦労人”というのは言われ過ぎていてもう説明はいらないかもしれない。

何度も何度もオーディションを落ち諦めかけていたところでの合格。持ち前の明るさや優しさでファンを魅了し劇場などで着々と力をつけて総選挙で圏外からの5位。

この猿でもわかるシンデレラストーリーを作り上げてしまったシンデレラには当然注目が集まる。

“今まで”の全てが変わった。

自分の立ち位置。環境。人間関係。重圧。周りの目。これ以外にも沢山のものが彼女の周りから変化を遂げた。

 

それでも彼女“自身”は変わることはなかった。いつまでも彼女は彼女の信じた道を進んでいる。彼女は変わらない、自分を信じる強さを持っている。

それと彼女はNGT48の“軸”であることを理解し自分を救った恩人である北原里英が作り育て愛したNGT48を守らなくちゃいけないし先頭に立つのは私なんだという使命感すら見え隠れするほど自信溢れるパフォーマンスだった。

 

MCで声を震わせ目に涙を浮かべながら「私たちの未来を信じてついてきてください」と彼女は言った。荻野由佳の目にはどんな“未来”が映っているのか。それを確かめるために僕は明日もオタクをする(一生オタク)

 

 

 

長谷川玲奈に恋をしたい。

長谷川玲奈ちゃんは小中と野球をやっていた。もし僕が彼女と同じチームだったら絶対に恋に落ちていただろう。

彼女のポジションはセカンドで長い髪を揺らしフットワークの軽い守備でチームを危機から救っていた。同じ釜の飯を食い、同じ理不尽な罰走を受けた仲間のアイツがアイドルになったと聞き、今回のコンサートを見ていたら確実に恋に落ちていた。

言葉に表すのは難しいけど昨日の彼女には何とも言えないオーラのようなものがあった気がしている。長く綺麗で艶のある髪の毛を揺らし惑わすように客席を見る彼女に僕はマンマと魅せられてしまった。

野球をやっていたころの一面を知っている上で今日のコンサートを見たら色々な角度から長谷川玲奈ちゃんを楽しめるし絶対に恋に落ちていたと思うし絶対に結婚して「みどりと森の運動公園」でキャッチボールしたいし“ペッパー”で変なところ打つ玲奈(突然彼氏面)に「下手くそかよwしっかり打ってくれよ~wペッパーっていうのはコツがあんだよwコツがw」とかイキりながらふざけあいたい。

 

 

 

 ③中村歩加神推しの決意

NGT48に推しメンはいない。正確にはいた。僕の推しメンは卒業してしまった水澤彩佳ちゃん。お顔はもちろん、年上好きの僕は優しく余裕のありつつもユーモアのある彼女が本当に好きだった。

『下の名で呼べたのは...』これは水澤彩佳ちゃんが参加した最後の楽曲。研究生10人での最後の楽曲。やはり思い入れが違うしシンプルに良い曲。NGT48研究生の深みにハマり食い入るように見ていた時に僕の正面にいた中村歩加ちゃんが水澤彩佳ちゃんお決まりのキツネのポーズをしていたのが見えてシンプルに涙が出た。2人卒業し1人は休みで計7人だけど気持ちはいつでも10人。この曲は10人で作りあげるもの。そういう思いのようなものが中村歩加ちゃんから見えて「中村歩加ちゃんは良いなぁ...」としか言えない“中村歩加ちゃんは良いよなぁおじさん”になってしまった。ジャンヌ・ダルク、ぎこちない通学電車の中村歩加ちゃんも本当に良かった。中村歩加ちゃんが良かったから感想を書こうとしても水澤彩佳ちゃんのことばかり書いてるし中村歩加ちゃんは“良い”しか出てこないしやっぱり中村歩加ちゃんは良いよなぁ...

 

 

 

加藤美南は必要不可欠

2017年11月30日、彼女は悩みをファンにぶちまけた。

2016年の総選挙で北原柏木の移籍組を除くメンバーの中で唯一ランクインを果たした。

そこで結果を残した彼女はCMや雑誌、本店の選抜などランクインの追い風を得てどんどん加速し前に進んだ。

2017年の総選挙、彼女は芳しい結果ではなかった。周りのメンバーが大躍進と呼ばれる結果を残しているのを横目に彼女は停滞していた。総選挙で結果を残したメンバーがテレビや雑誌、本店の選抜に選ばれて追い風にのって加速している中、彼女は進むことはできなかった。

彼女の味方をしていた総選挙の風が気づいた時には向かい風となり彼女にとっての障害となっていた。

そんな現状を抜け出したいと魂の入った決意のメッセージを11月30日、僕たちに送った。

「ここ半年はNGTをやめることを考えていた」「ファンの皆さんに弱いところを見せるわけにはいかないしメンバーにも相談できないし一人で抱え込んでいた」と最初はネガティブに悲観していたが最後には「他のメンバーに負け続ける加藤美南を再びNGTとして必要不可欠な存在にさせて下さい。」と語っていた。

正直な話、加藤美南ちゃんのお顔を僕はあんまり好みでは無い。でもステージ上での加藤美南ちゃんは大好きだ。何か訴えかけてくるものがあるように思える。「まだ私はできる。もっともっと私を、私だけを見て。」と訴え掛けてくる何かがある気がする。その全身全霊で髪先からつま先までの全てを使い踊り狂う加藤美南ちゃんには本当に魅了させれてしまう。間違えなく加藤美南ちゃんはNGT48に必要不可欠な存在だし「センター」になりたいと公言する加藤美南ちゃんを応援したくなってしまう。

Twitterで何度も言っているが2018年は加藤美南の逆襲の年にして欲しいし彼女ならきっと出来る気がする。その時まで僕はオタクを続ける(2018年はmayo_9_8くんが大学受験生になる年なのにね。)

 

 

⑤青春時計...

乃木坂工事中のCMで『青春時計』という曲を聴きNGT48を知りNGT48に興味を持ったのでやはりこの曲のイントロ(存在しないイントロ)を聞いた時にやはり感慨深いものがあった。

一度は誰もが通る青春という道を秋元康の得意技である情景描写で彩りポップなメロディーで奏でる『青春時計』という曲が本当に好きで真っ赤な衣装で長い長い期末テストが終わった時のように嬉しそうに楽しそうに踊って歌うNGT48が大好き。たこわさよりも塩キャベツよりも油淋鶏よりもタルタルチキン南蛮よりもエイヒレよりも大好き。(ライブ終わりに土間土間で頼んだ料理を羅列するな)(土間土間は太野彩香ちゃんの推し居酒屋)(太野彩香ちゃんは神のアイドル)(#好きなんだ)

5年後も10年後も『青春時計』が変わることなく好きでいられるように素直な気持ちで生きていこうと思った。

 

 

⑥夜の仕業やべぇ...

佐藤杏樹、清司麗菜というNGT48の誇る2大歌姫が上のステージの両端から現れ歌い始めた。綺麗で力強く心地の良い歌声だった。そんな時、センターにあった階段が開きそこから柏木由紀が登場し3人でハモってみたりしながら歌っていた。佐藤、清司は物心ついた時から第一線で偉いアイドルとして活躍していた先輩の背中を見ながら歌い上げていた。その後、佐藤と清司は階段を降りて柏木のいるステージに来た。佐藤と清司と柏木が同じステージに立ち横一線で歌っている。 最後に佐藤と清司が柏木の前に立って歌って柏木が彼女らの背中を優しく見守っていた。

この構図にグっときた。佐藤、清司 は共に2001年生まれの高校一年生。いわばこれからのNGT48を引っ張っていく“未来”である。そんな二人がNGT48を遠くからそっと支えていた柏木に自分たちの成長を、劇場公演の成果を歌を通して見せていた。そんなように僕の目には映ってNGT48は...佐藤杏樹は...清司麗菜は......良いよなぁと。心の声が口から漏れてしまっていた。北原里英が卒業してもNGT48は変わることなく前を進むためにこの二人の力が必要だと思った。

 

⑦カニイチ

イントロが流れとき、騒ぐことも泣くこともできずただただ口を開けてサイリウムの光の渦の中を漂流した。『カニイチ』が本当に好きでNGT48 1周年記念コンサート~Maxときめかせちゃってもいいですか?~のBlu-rayを何度も見直して“そこ”に自分がいないことを何度も後悔した。イントロ、太野彩香ちゃんの『カニイチ』宣言、オタクの魂のMIX。その全てが現実のものとは思えなかった。

何度も何度も『カニイチ』を、幻の『カニイチ』を探して僕たちは歩き続けた。ツチノコネッシー、地底人を見つけることは出来たが『カニイチ』とガラスの仮面の最新話の原稿だけは見つけることはできなかった。しかし2018年1月13日土曜、ついに僕たちは発見した。俺たちの探し続けた『カニイチ』は確かにTokyo Dome Cityhallにあった。モンキーDルフィがひとつなぎの大秘宝を見つけた時、こんな気持ちになるんだろうとしみじみと感じた。

『カニイチ』をゼロポジで満面の笑顔で歌って踊った太野彩香ちゃんが渚で1番だったし夏の恋は結局太野彩香ちゃんとしたくなってしまうし二人で海に出かけて行きのコンビニで買ったアルフォートを保冷バッグに入れるの忘れドロドロに溶かしめちゃくちゃ怒られてめちゃくちゃセ。

 

 

 

⑧未来とは?→ナギイチ→12秒→誇りの丘→RIVER

古今東西の激エモ48ソングをクライマックスで持ち込むのが本当に良すぎるしエモすぎる。『カニイチ』は前述の通りで、12秒もよかった。正規メンバーを後にやり宮島亜弥(えっち)をセンターとした研究生で行っていたのが良かったし研究生もNIIIに負けてないんだ!私たちも出来るんだ!とまるである種の革命を見ているようで良かった。

RIVERも良かったなぁ。荻野由佳ちゃんがAKB48 15期仮研究生の時に“たかみな”ポジで練習して毎日泣きながら練習した結果研究生を落ちて諦めてたけど今回のコンサートで前田敦子ポジで魂の「NGT」を聞けて1日のエモの摂取許容量を越え急性エモーショナル中毒で即死してしまった。NGT48は本当に良いよなぁ...

 

⑨Maxとき315号

僕は Maxとき315号が本当に大好きだ。シンプルに良い曲というのもあるが、メンバー26人全員この曲のことが大好きというのがこちら側まで伝わってくるからかもしれない。

イントロの時点で僕は号泣していた。この地この場所で Maxとき315号 を聴けることへの喜びと感謝で涙が止まらなかった。中村歩加ちゃんが「時には思い悩んで大人になって行く」のところで卒業する前同じところを歌っていて水澤彩佳ちゃんのポーズをしていたのをみて声を失った。人間は本当に“エモい”瞬間に立ち会うと「変な声出たw」になるのではなくすごく単純明快に言葉が見当たらなくなってしまうのだと僕は知った。

それとみんながみんな色々な表情をしているのが印象的だった。新潟開催の単独コンサートの発表を喜びながら歌っている人、北原里英の卒業の日が決まり悲しさを抑えきれず歌っている人、このコンサートが終わってしまうことの寂しさを隠しきれずいる人、最後の最後まで自分の信じる“アイドル道”を貫くため満面のアイドルスマイルをする人。それぞれの想いが交差する『 Maxとき315号』は深みが違えぇ...と思わず唸ってしまった。

 

未来はどこまで青空なのか?

それがコンサートのサブタイトルだ。

空は晴れているだけではなく雨も降る。「止まない雨はない」というのは雨に濡れていない人の戯れ言であり現在進行形で土砂降りの中にいる人の心に響くわけが無い。

未来も晴れているだけではなく雨が降ったり雪が降ったり雷が落ちたり飴も降ってきたりするだろう(ない)。実際、加藤美南ちゃんは雨に降られて止むのを待っていた。でも彼女は勇気を出してほんの一歩、足を進めた。怖がることをやめた。恐れることをやめた。先の見えない未来を信じ仲間と手に取り雨のやんでいる方向を目指し歩みを進めた。青空を目指した。

 

未来はいつも思ったよりも

 

優しくて風景がふいに滲んでくる

 

夢が叶うと その想いが溢れ出して

 

瞳から伝えたくなる

 

あなたと共に歩きたい
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シンデレラ

2017年は色々なものを得て色々なものを失った。

好きな人ができた。好きな人の好きな人にはなれなかった。好きと言ってくれる子ができた。その子を好きにはなれなかった。二度入院をした。軽いうつ病と診断された。修学旅行に行けなかった。単位を落とした。この人のアイドル人生をずっとずっと見ていたい。そう思える推しメンが出来た。結局、名前を知ることも出来ずに僕の前から消えてしまった推しメンも出来た。

 

それとNGT48というグループに出会った。
きっかけはCMだった。


「チクタクチクタク 知らぬ間に時計は刻んでる 輝きながら過ぎて行く日々 いつかこの日を思うのだろうか? 」


どうやらこの曲はNGT48の1stシングルらしい。爽やかなメロディーに有益なことをひとつもせず堕落に富んだ日々を無計画に無感情に過ごしている僕に痛いくらい刺さる歌詞。
僕の胸に響いた。


NGT48のことが好きになった。

NGT48のことを調べていくごとにNGT48のことが好きになった。
NGT48のことを調べていくごとに中井りかのことが嫌いになっていった。

 

「アンチとか気にしないしむしろ私に興味あるんじゃんw」みたいなスタンスをとるアイドルが僕は苦手。どこにいるのかわからない人より目の前に確かに居るファンに目を向けて欲しいと思うし斜に構えた態度をとるのが苦手だ。

 

苦手な理由をあげるとペットボトルのコーラの中にメントスを入れたように止まることなく溢れ出てしまうのでこの辺でやめるが他にも沢山ある。

 

2018年1月6日 16:15:58僕はNGT48 2nd「世界はどこまで青空なのか?」全国握手会 幕張メッセ 8番レーン、中井りか 山田野絵レーンにいた。

 

俺の中にも武士道というか正義というものがあり、インターネットで中井りかを叩き続けるのは卑怯な気がしていた。だから直接、俺はお前が嫌いだ。という事を直接言いに来た。それが道徳的に良いことか悪いことか、火を見るより明らかである。それでも、男にはやらねばならぬときがある。それが“今”だったのだ。

1歩、また1歩とレーンに近づくごとに心臓のBPMが高くなっていく。滲んでいく掌。「こんなこと、やめようよ!」と訴え掛けてくる俺の道徳心。“自分に正直に俺は生きたい” どこかで聞いたことのあるフレーズを口ずさみ受付嬢に券を渡す。

 

レーンの中に入ると小柄な僕よりもひと回りとふた回りも小さく華奢で、どこか何かから怯え震えているウサギのようでどこかもっともっと私を見てと主張している孔雀のようで触れたら壊れてしまいそうな様子で佇む女性...女の子がいた。

 

この女の子が僕の嫌い人だと認識するまで3分(実際は0.5秒)かかった。

僕の中で何かが壊れた音がした。

 

“目と目が合った瞬間こうなる運命だった”

 

「姫......」僕の抑えきれない心の一部が口から漏れ空気を振動させて言葉となり彼女のもとへ届いた。

 

“涙をいくつ乗り越えればいいの?”

 

『なぁに?』彼女はギュッと僕の手と心を握ったまま首を傾げた。

 

“人を好きになるって切なく辛いものね”


「...」そこから言葉を作り出すことは出来なかった。何も言えなかった。

 

“あの日からあなたにLOVE修行”

 

彼女は手を離した。お別れの時間がやってきた。ファンとアイドルはシンデレラのように魔法のかかる時間というものがある。魔法が消えたあと王子様はシンデレラを探した。そして再び会えた。平成30年の日本で同様の行為を行うとストーカー規制法といい2年以下の懲役または200万円以下の罰金が科される。
もう、僕と姫は会えないかもしれない。そう思った時
『またね 』と彼女は言った。

そうだ僕たちアイドルとヲタクはシンデレラと王子様の関係ではない。握手券さえあればいつだって会える。

中井りか失礼、姫はヲタクとしての大事なこと、大切なこと。“初心”というものを思い出させてくれた。

 

2018年はNGT48、姫こと中井りかで行く。

 

 

 

 

 

 

 


mayo_9_8「初夢でサメが出て驚いて夢から覚め(サメ)ちゃった!w」
山田野絵「......」
mayo_9_8「...」
山田野絵「......www(ちょっとヘラヘラする)」
mayo_9_8「...」
剥がし オジカンデェ-ス
山田野絵「wじゃwあwwねwww(大爆笑)」


mayo_9_8VS山田野絵。
mayo_9_8圧勝。